仙台育英野球部須江監督の名言は?言葉の魔術師が発する伝わる言葉について

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2023夏の甲子園大会が間も無く開幕しようとしています。

宮城代表で2022年の優勝高校、仙台育英野球部が今年も決勝に進出しました。

その須江監督名言

青春ってすごく密なので!は全国の高校生を中心に

日本中の人々の心に刺さりました。

テレビで野球中継を見ていた多くの人々がうんうんとうなずき感動したのではないでしょうか?

須江監督言葉の魔術師とも言われています。
なぜ名言の代表ともいえる『青春って密なので!』が多くの人の心に伝わり感動を巻き起こしたのか?

伝わる言葉には何があるのか?

今回はその仙台育英野球部を優勝へと導いた言葉の魔術師「須江 航」監督の優勝監督インタビューでの「名言伝わる言葉についてお話ししていきたいと思います。

須江監督の名言

先にも書きましたが、仙台育英高校といえば、2022年夏の高校野球甲子園大会で優勝し優勝旗を東北にもたらし、その優勝へと導いたのが紛れもなく須江監督です。

甲子園球場で優勝した際の監督の言葉が流行語大賞にノミネートされたり、最も素晴らしかった名言で2位に輝きました。

名言その1 青春ってすごく蜜なので

おそらく、須江監督の名言のなかで一番有名なのがこの言葉だと思います。

甲子園大会優勝を決めた後の優勝監督インタビューでこの言葉を聞いた瞬間、ジーンと心が熱くなりました。

子供たちはこのコロナ禍で緊急事態宣言が何度も発出される中、約3年もの間、学校が休校になったり、授業そのものが本来の形でできなかったり、部活動が思うようにできなかったり、高校生活でのハイライトともいえる課外活動や修学旅行が中止になったり、あれもダメ!これもダメ!規制だらけで本来「青春真っ只中!!」の高校生活を過ごすことができなかったのですから。

野球部にとってもそれは同じで部活動が禁止になり、憧れ、目標であるはずの「センバツ」や「甲子園大会」が中止となりどれだけやり場のない憤りを抱えたことか、、。

そんな中でも須江監督は自主トレする野球部員たちに寄り添い、その姿を見て心を痛めてたのではと思います。

監督自身も、常日頃から抱えていた思い「青春ってすごく蜜なので」という言葉が、思わず出たと語っています。

名言その2 宮城のみなさん、東北のみなさん、おめでとうございます!

優勝監督インタビューでの第一声がこの言葉でした。

一般的には、「優勝できたことを嬉しく思いますとか、ありがとうございます・・」から始まるのではと思っていたのですが、

「おめでとうございます!」と聞こえた瞬間に、おやっ!?

この人、ちょっと違うぞ!ただものではないぞ!
と感じました。

 

仙台育英高校の優勝は「優勝旗を東北に!!」そして東北の高校野球の長い歴史の中で悲願だった「白河の関越え」をはたしました。

 

東北勢は春・夏甲子園大会を通して12回決勝進出を果たしたものの一度も優勝できていなかったのです。
えっ!12回も決勝に? ちょっと驚きですよね!

 

100年もの間、越えられなかった白河の関をこえた!開かなかった扉が開いた!という思いが溢れて、「宮城のみなさん、東北のみなさん、おめでとうございます!」という言葉として心の底から出たと話されています。

 

東北の人々にとって「白河の関」とは
戊辰(ぼしん)戦争の時に新政府軍が東北を軽視して使ったとされる侮蔑表現「白河以北一山(いつざん)百文」(福島県白河地方から北は、一山に百文の値打ちしかない)と軽視されてきた歴史があります。

東北人はこの言葉への怒りが、反骨精神を表すことばとなり、野球にもその志を重ねてきたと言われています。

言葉の魔術師が発する伝わる言葉とは

同じ言葉を誰が話しても伝わるのか?

それは素晴らしい言葉ではあるけれど実際にはそうではないと思っています。

 

コロナ禍にあって3年間思うような高校生活を過ごせなかった日本全国の高校生の心に、そしてそれを支えた保護者や学校の先生たちの心に刺さったのだと思います。

 

やっとの思いで受験という山を超え、たくさんの期待や思いを胸に学校の扉を開いた・・

なのに、コロナ禍であったとはいえ、発出される緊急事態宣言、明けても、また繰り返される規制、規制、規制!
何度も何度も裏切られた思いを抱えた不完全燃焼の高校生や若者たちにとって、「青春ってすごく蜜」この言葉は各々が心の底にため込んだ気持ちを、まるで満塁ホームランのように代弁してくれました。

 

それだけ須江監督は親の目線と同等以上に子供たちの心に寄り添いしかも学校の教師であることも踏まえコロナ禍で必死にもがく三者にしっくりと寄り添ったからこその言葉だったのではと思います。

仙台育英高校野球部須江監督の経歴

  • 名前:須江 航(すえ わたる) 1983年うまれ
  • 出身:埼玉県 小学校2年生から野球を始める
  • 出身校:仙台育英高校
  • 出身大学:八戸大学(現・八戸学院大学)
  • 現在:仙台育英高校の教員・野球部監督

 

あれ?宮城県出身じゃなかったんだ! と思われた方も多いのではないでしょうか?

大丈夫!私もその1人です(汗)

監督自身も仙台育英高校で野球をしたくて仙台育英に入学したそうです。

 

1983年うまれで、高校1年生から現在まで仙台→青森→仙台にいるわけですから、かれこれ25年も東北に暮らしていて、出身地である埼玉よりも長いことがわかりますね。

まとめ

常日頃から生徒の目線で物事を考えて指導をしていたという須江監督、上っ面だけではない本気の想い、生徒の信頼、親の信頼の上に監督自身の心を寄せたからこそ、

 

多くの人々の共感を得「最も素晴らしかった名言」の2位にも輝いたのでしょう。